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福岡高等裁判所 平成8年(ネ)555号 判決 1999年3月12日

控訴人

甲野一郎

控訴人

乙山二郎

右両名訴訟代理人弁護士

田邊匡彦

安部千春

林健一郎

幸田雅弘

梶原恒夫

蓼沼一郎

仁比聰平

被控訴人

新日本製鐵株式会社

右代表者代表取締役

丙川三郎

右訴訟代理人弁護士

山崎辰雄

三浦啓作

奥田邦夫

加茂善仁

岩本智弘

主文

一  控訴人らの主位的請求をいずれも棄却する。

二  原判決を取り消し,控訴人らの第2次請求の訴えをいずれも却下する。

三  控訴人らの第3ないし第5次請求の訴えをいずれも却下する。

四  訴訟費用は第一,二審とも控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

控訴人らは,当審において,次のとおり主位的請求を追加し,従来の請求を第2次請求に改めるとともに,第3ないし第5次請求を追加した。

1  主位的請求

控訴人らが日鐵運輸株式会社に労務を提供する義務のないことを確認する。

2(一)  原判決を取り消す。

(二)  第2次請求

被控訴人が控訴人らに対して平成元年4月15日付けでした「八幡製鐵所労働部労働人事室労働人事掛勤務を命ずる。社外勤務休職を命ずる(日鐵運輸株式会社への出向)。」との各職務命令はいずれも無効であることを確認する。

3(一)  第3次請求

被控訴人が控訴人らに対してした右各職務命令はいずれも平成4年4月15日以降無効であることを確認する。

(二)  第4次請求

被控訴人が控訴人らに対してした右各職務命令はいずれも平成7年4月15日以降無効であることを確認する。

(三)  第5次請求

被控訴人が控訴人らに対してした右各職務命令はいずれも平成10年4月15日以降無効であることを確認する。

4  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

控訴人らの主位的請求の訴えをいずれも却下する。

2  本案に対する答弁

本件控訴(当審で追加された請求を含む。)をいずれも棄却する。

3  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

本件事案の概要は,次の一の1ないし12のとおり原判決を補正し,二以下で当審における当事者双方の主張(従前の主張を整理したものを含む。)を付加するほかは,原判決4頁6行目から同64頁2行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

一1  原判決6頁10行目の「という。」の次に「なお,八幡労組と連合会を特に区別せず,単に『労働組合』ということもある。」を加え,同7頁末行の「規定」の次に「(いずれも本件出向当時のもの)」を加える。

2  同8頁1行目の「就業規則」の次に,「(<証拠略>)」を加え,「社外勤務」の次に「を」を加え,4行目の「54条」の次に「1項」を加え,6行目の「以下の」の次に「趣旨の」を加え,同9頁5行目の「6条」の次に「1項」を加える。

3  同11頁1行目の「15条」の次に「1項」を加え,2行目の「基準内」の次に「外」を加える。

4  同13頁5行目の「5日」から「15日」までを「5日付け,平成7年4月15日付け及び平成10年4月15日付け」と改め,6行目の「2回」を「3回」と改める。

5  同13頁8行目から同14頁9行目までを次のとおり改める。

「1 控訴人らの主位的請求の訴えの適法性

(被控訴人の主張)

本件の基本的な争点は,本件出向命令の効力であるが,控訴人らの主位的請求においては,右効力の有無についての裁判所の判断が理由中で示されるにすぎず,その判断について既判力が生じないため,紛争の抜本的な解決を図ることができない。

したがって,控訴人らの主位的請求の訴えは,確認の利益を欠き,不適法である。

2 本件出向命令の有効性

(一) 本件出向命令の根拠

出向命令が有効であるためには,控訴人らの同意を要するか。就業規則及び労働協約や労使慣行は,出向命令の根拠となり得るか。

(二) 本件出向命令の必要性及び合理性

本件出向命令に業務上の必要性があるか。また,その内容,発令手続,人選等に照らして,合理性があるといえるか。

(三) 権利の濫用

本件出向命令は,権利の濫用として無効か。

(四) 脱法行為

本件出向命令は,後記労働者派遣法の脱法行為として無効か。」

6  同15頁6行目<以下省略部分>の「50条の2」の次に「第1項(当時)」を加え,同16頁5行目の「定年になる」を「被控訴人における定年」と改め,同17頁5行目の「同年」の次に「度」を加え,同19頁5行目の「転籍する」を「転籍させる」と改める。

7  同23頁6行目の「逐条ごとに」を「条項を順に」と改め,同27頁9行目の「労働基準法」を「労働組合法」と改め,同31頁9行目の「市場問題」を「国内市場」と改め,同32頁10行目の「右計画」を「中期総合計画」と改める。

8  同33頁6行目の「右計画は,」の次に「想定数値を殊更に低く見積もることで,」を加え,8行目の「進め,」の次に「労働者の一方的な犠牲の下に,」を加え,末行の「昭和63年5月」を「平成元年4月」と改め,同37頁4行目の「のであるから」から6行目の「したから」までを「ところ,現に信号保安設備整備作業を株式会社峰製作所(以下「峰製作所」という。)に業務委託したことからも明らかなように,業務の一部が直営部分と協力関係会社への委託部分とに分かれても何ら不都合はない。したがって」と改める。

9  同41頁6行目の「右期間満了後,2度」を「本件出向命令発令から3年を経過することに,合計3回にわたって」と改め,同42頁末行の「おらず」を「いないため」と改め,同44頁7行目の「本件出向命令は,」の次に「復帰の可能性がない過酷なものであるにもかかわらず,」を加え,9行目の「不合理な」の次に「選定基準や」を加え,同46頁4行目の「他人に対し」の次の「,」を削り,9行目の「要件とし」を「要件としており」と改め,同47頁6行目の「本件出向」の次に「命令」を加え,同行の次に改行して,次のとおり加える。

「 また,労働者派遣法32条2項が,派遣先との間に労働契約関係が生じない派遣の場合でさえ,一般労働者として雇い入れた者を派遣の対象とするには,当該労働者の同意を要件としていることとの対比からしても,労働契約関係の一部が移転する本件出向の場合には,当然に対象者の同意を要するというべきであるから,控訴人らの同意を欠く本件出向命令は無効である。」

10  同48頁8行目の「7月」を「4月」と改め,10行目の「いるが,」の次に「控訴人らが」を加え,同49頁3,4行目の「組合員に社外勤務を」を「組合員を社外勤務」と改め,5行目の「2項」の次に「(社外勤務に関しては,会社と連合会との間で別に協定する。)」を加え,同50頁4行目の「休職期間は」の次に「,」を加える。

11  同55頁9行目の「変動への」の次に「人員の」を加え,同56頁5行目の「業務委託」の次に「等」を加え,同58頁6行目の「同月」を「平成元年1月」と改める。

12  同59頁10行目の「原告ら」の次に「を含む4名」を加え,同60頁7行目の「対し,」の次に「控訴人らを含む4名に対する説得の経過を説明した上で,」を加え,同61頁9行目の「所定」の次の「内」を削り,同62頁1行目の「出向後に」を「本件出向により」と改める。

二  控訴人らの当審における主張

1  原判決に対する批判

(一) 原判決は,控訴人らが本件出向命令に従うべき義務がある根拠として,本件出向当時の被控訴人(八幡製鉄所)においては,出向対象者の個別的同意がなくても出向を命じることができる慣行が確立しており,このことが被控訴人と控訴人らとの間の労働契約の内容に含まれていた旨を判示している。

しかし,労使慣行が確立したというためには,当該取扱いが長期間にわたって多数回繰り返され,事実上の制度として確立し,かつ,労使双方がこの取扱いに規範的意識を有し,行為準則として承認していることが必要である。確かに,被控訴人における技術職社員の出向は,昭和61年以降急増し,その態様も業務委託に伴う出向が中心となったが,当時の労働組合の出向への対応は,出向対象者本人の同意を要件にするというものであり(もっとも,労働組合は,昭和63年,本人の同意を要件から削り,本人の意思確認を要件とする旨不当に緩和した。),被控訴人も,出向対象者の同意がない場合には,出向命令を見合せていた。同意しない社員に対して出向命令が発せられるようになったのは,昭和63年からであり,本件出向命令以前の実例は2件にすぎず,本件出向命令は3件目の事例であった。

右の事情に照らせば,本件出向当時,被控訴人が出向対象者の個別的同意がなくても出向を命じ得ることについて,問題とされて日が浅く,実例もわずかであって,そのような取扱いが確立していたとはいえない上,労使双方が右取扱いに労働関係を律する規範としての意識を有していたとは考え難い。また,仮に通常の出向について規範意識の存在が認められたとしても,本件出向は,業務委託に伴うものであり,長期化が予想されることを考えると,このような出向までもが労使双方の規範意識によって支えられていたとは到底いえない。

(二) 原判決は,前記慣行の成立や本件出向命令の必要性,合理性を判断するに当たって,労働組合の対応を重視している。

しかしながら,組合員は,被控訴人の出向措置に不安を抱き,これを基本的に了解した労働組合の対応に強い不満を持っていた。すなわち,組合員のうちの40パーセント余りの者は,被控訴人に対し,出向に当たっては本人の希望及び家庭の事情を尊重することを強く求めていた。そして,組合員の多くは,労働組合の対応が組合員の意見を反映していないことに反発していたのである。このように,労働組合は,組合員の意思と掛け離れた存在となっているが,このことは,労使協調主義を指導理念とする一派が労働組合の役員を独占し,被控訴人と一体となって活動しているばかりでなく,被控訴人も役員選挙への介入等を行い,あるいは労働組合の方針に反対する社員に対する見せしめとしての差別をしてきたことに由来する。

このように,被控訴人において,労働組合は,組合員の意思を反映した活動を行なおうとせず,組合員の多くは,労働組合の方針に批判的である。したがって,慣行の成立や本件出向命令の必要性,合理性を判断するについて労働組合の対応を重視することは誤りであり,本件紛争の実態を無視するものである。

2  復帰を予定しない出向の許容性

(一) 本件出向命令は,被控訴人における直営業務を他に委託したことに伴うものである。そして,現に控訴人らについて3回にわたって出向が延長されていることや,平成6年以降被控訴人が55歳以上の出向者を対象とする転籍措置を強行していることを考えると,控訴人らは,定年まで被控訴人に復帰する可能性がないことは明らかである。

(二) 出向は,本来出向期間満了後の復帰を前提とするものであるが,本件出向のような復帰を予定しない出向は,労働者が被る不利益が極めて重大であるから,それ自体合理性がなく,無効というべきである。

(三) 仮にそうでないとしても,労働者は,個人の尊厳(憲法13条)を体現し,尊重されるべき人格を有する労働契約の主体であるところ,復帰を予定しない出向は,労働契約の相手方や指揮命令権者を選択する労働者の主体性を損なうものである。また,労働契約の一身専属的性格からみても,復帰を予定しない出向の許容性の検討は,労働者に不利益がないよう通常の出向以上に慎重に行われなければならない。

右の観点からすれば,復帰を予定しない出向については,出向に当たって,使用者と出向対象者との間で,復帰を予定しないことについての明確な合意を要するというべきであるが,被控訴人と控訴人らとの間では,そのような合意がされた事実はない。したがって,控訴人らは,本件出向命令に拘束されない。

3  出向延長と本件出向命令の有効性

(1) 仮に,本件出向命令が有効であるとしても,社外勤務協定4条1項により,その期間は3年に限られるべきである。

しかるに,被控訴人は,平成4年4月15日付け,平成7年4月15日付け及び平成10年4月15日付けで3回にわたって控訴人らの出向期間を延長し,その結果,本件出向は,実質上復帰を予定しない出向とされるに至っている。

(2) 被控訴人は,復帰を予定しない出向としての本件出向命令を発するに当たり,復帰を予定しないことを明示していない。右は,心裡留保(民法93条本文)に該当するから,控訴人らは,被控訴人の復帰を予定しないとの意思に拘束されない。また,控訴人らは,前記のとおり,復帰を予定しない出向に同意していないし,前記3回の出向期間延長にも同意していないから,本件出向命令は,平成4年4月15日,平成7年4月15日及び平成10年4月15日の時点で失効したというべきであり,少なくとも,控訴人らの復帰の可能性が事実上なくなった平成10年4月15日以降無効であることは明らかである。

(3) 出向期間を延長するについては,労働者の不利益を回避するため,その必要性及び合理性に加えて,延長を不可避とする特段の事情の存在が要求される。そして,これらの要件は,延長を重ねる度ごとに加重されるというべきである。しかるに,次の<1>ないし<3>に記載のとおり,前記3回の出向期間延長は,右各要件を欠くものであるから,いずれも無効である。したがって,本件出向命令は右各時点で失効したというべきであり,少なくとも,出向期間が再々延長された平成10年4月15日以降無効であることは明らかである。

<1> 平成4年3月期(平成3年度)における被控訴人の経営状況は,粗鋼生産量が2769万トンに達し,経常利益1002億円を上げ,内部留保も2515億円に達していた。同年4月時点での被控訴人の技術職社員の余力人員は八幡製鉄所で454名,全社で1277名であったが,控訴人らの復帰によって2名の余力人員が増加したとしても,被控訴人の経営に影響を与えなかったことは明らかであるから,被控訴人が控訴人らに対して同月15日付けでした出向期間延長を不可避とする事情はない。

<2> 被控訴人の平成6年度の決算は黒字を回復し,以後被控訴人は順調に収益を伸ばし,平成8年度決算(平成9年3月)では847億円の経常利益を上げ,その間の年間粗鋼生産量も中期総合計画が前提とした2400万トンを超える2500万トン以上を維持していた。平成7年4月の時点での被控訴人の余力人員は,八幡製鉄所で233名,全社で436名であったが,控訴人らの復帰によって2名の余力人員が増加したとしても,被控訴人の経営に影響を与えなかったことは明らかであるから,被控訴人が控訴人らに対して同月15日付けでした出向期間の再延長を不可避とする事情はない。

<3> 被控訴人は,平成8年度までの第3次中期経営計画を達成し,平成9年度以降の中期経営方針を打ち出した。この方針は,世界最強の競争力を維持するために策定された計画であり,被控訴人の危機的状況に対処するためのものではないから,このような目的を達成するためにされた出向期間延長に合理性はない。また,被控訴人の平成9年度決算(平成10年3月)においても2661万トンの粗鋼生産量を維持し,前年度比192億円増の1039億円の黒字を記録した。平成10年4月の時点での被控訴人の余力人員は,八幡製鉄所で236名であり,控訴人らの復帰によって2名の余力人員が増加したとしても,被控訴人の経営に影響を与えなかったことは明らかである(なお,被控訴人は,平成10年8月に臨時の社員募集をしており,むしろ労働力が不足していたのである。)から,被控訴人が控訴人らに対して同年4月15日付けでした出向期間の再々延長を不可避とする事情はない。

三  被控訴人の当審における主張

1  本件出向の延長措置の適法性

(一) 本件出向は,平成4年4月15日付け,平成7年4月15日付け及び平成10年4月15日付けでそれぞれ3年間延長されたが,これらの措置は,いずれも社外勤務協定4条1項(出向期間は原則として3年以内とする。ただし,業務上の必要によりこの期間を延長し,またはこの期間を超えて出向を命ずることがある。)に基づいて行われた。

ところで,社外勤務協定4条1項の規定は,従前から設けられていたが,昭和62年12月の社外勤務協定の改定に当たって,労使間で右規定中の「業務上の必要」の解釈について協議が行われた。その結果,右文言は新規事業にかかわる出向や余力人員の活用策としての出向を含むものとの解釈を前提として,業務上の必要による出向を幅広く運用する旨の了解,確認がされた。本件出向は,業務委託に伴うものであり,「余力人員の活用策としての出向」に該当するものであって,被控訴人は,労使間の右協議結果を踏まえて,本件出向命令を発したのである。

控訴人らは,本件出向の期間延長に当たっては,延長を不可避とする特段の事情が必要である旨を主張するが,社外勤務協定4条1項の文言上そのような事由は要求されていない。本件出向に関していえば,余力人員が多数生じている状況下での延長の必要性と出向者の労働条件及び生活環境についての問題状況を考慮して判断すれば足りるというべきである。

なお,右改定後の社外勤務協定は,昭和63年4月1日に施行され,被控訴人は,業務委託に伴う多数の出向者に対して出向期間延長措置を講じている。また,右労使間における了解,確認以前の時期においても,被控訴人は,社外勤務協定4条1項に基づき,出向期間延長措置を実施していた。

(二) 平成4年4月15日付けの出向期間延長に関して

被控訴人は,公定歩合の相次ぐ引上げ,いわゆるバブル景気崩壊後の民間設備投資や個人消費の低迷による経済の停滞,これに伴う業績の悪化に対処するため,「新中期総合経営計画」を策定し,平成3年4月12日連合会に示した。

右計画は,中期総合計画を受け継ぎ,複合経営の強化,平成5年度における3兆5000億円の事業規模の実現などを目標とし,複合経営の中核をなす製鉄事業の競争力の強化(労働生産性の向上を含む。),財務体質の確立等を目指すものであった。さらに,被控訴人は,全社的にかなりの数の余力人員が生ずるとの見通しの下に,関連,協力企業を中心とした出向を継続的に推進する方針であったが,このことは,多数の余力人員を抱え,一層の要員合理化を図る必要に迫られていた八幡製鉄所における最重要課題の1つとされた。そして,連合会や八幡労組も,被控訴人の右方針を組合員の雇用の安定に資するものと評価し,その推進に協力するとの意向を表明した。

このような経過を経て,被控訴人は,本件業務委託の継続が必要であり,これに伴う本件出向の期間を延長する必要があると判断して,控訴人らに対し,平成4年4月15日付けで出向期間の延長措置を講じたのである。

(三) 平成7年4月15日付けの出向期間延長に関して

「新中期総合経営計画」は,ある程度の成果を上げたものの,円高等の経済環境の変化により,平成5年度は,昭和61年以来の経常損益の赤字転落という極めて厳しい状況に陥った。そのような状況下で,被控訴人は,平成5年10月「第3次中期経営計画」を打ち出し,平成6年度から平成8年度までの3年間で最低3000億円のコスト削減を目指した。右3000億円のうち1000億円は,労務費や諸経費の削減によって捻出することが計画され,被控訴人は,管理職,主務職社員の約40パーセント(4000名程度),技術職社員の約15パーセント(3000名程度)を目処に,人員削減を計画した。そして,被控訴人は,連合会や八幡労組に右計画を示すに際し,八幡製鉄所においては,既存の余力人員に加えて新たな余力人員が多数発生することが予想されたことから,合理化に伴う人員措置のため,出向や臨時休業の実施規模の拡大が必要である旨を提案した。連合会及び八幡労組は,協議を重ねた結果,平成6年5月,被控訴人が直面する危機的な状況を打開し,将来にわたって安定した雇用と生活を確保するためには,右計画の推進が不可欠であるとの結論に達し,これを了解する意向を表明をした。

被控訴人が控訴人らを復帰させ,構内輸送業務を再度直営化することは,従来の低い労働生産性の形態に戻ることにほかならない。また,当時の八幡製鉄所の余力人員は全社の過半に及んでおり,八幡製鉄所の全職場を視野に入れても,出向者を復帰させることは困難であり,雇用確保の観点からも本件業務委託を継続し,技能保有者の出向期間の延長措置を講ずる必要があった。

右のような事情で,被控訴人は,控訴人らに対し,平成7年4月15日付けで出向期間の再延長措置を講じた。

(四) 平成10年4月15日付けの出向期間延長に関して

右「第3次中期経営計画」の実施により,被控訴人は,目的とした競争力を確保することができ,収益の面でも平成8年度において800億円程度の経常利益を確保することが見込めるまでに回復した。しかし,需要構造の変化やアジア諸国の企業,国内電炉メーカーとの競合等被控訴人を取り巻く環境の急激な変化に起因する鋼材販売価格の下落等により,被控訴人は,健全な経営に必要な経常利益水準を確保するという収益面での目標を達成することができなかった。そこで,被控訴人は,激しい競争に打ち勝ち,経営基盤を盤石なものとするため,収益力の更なる向上,財務体質の改善の実現が不可欠であるとの認識の下に,複合経営の確立等を柱とする「中期経営方針」を策定した。右方針における要人員措置は,出向措置を基本とし,これを継続した上で,55歳以上の社員に対して関連会社への転出を要請し,早期退職者に対する援助措置の強化を図るというものであり,被控訴人は,平成8年12月,これを連合会に提案した。連合会は,複合経営の早期確立等に関する見解を付した上で,右方針を了解するとの意向を表明し,右方針に基づく要人員措置についても被控訴人の提案を受け入れた。

被控訴人は,右のような事情を考慮し,本件業務委託及びこれに伴う出向を継続して,効率的な業務運営を維持する必要があると判断した。また,日鐵運輸は,平成10年4月以降新人7名と他部門からの異動者2名を鉄道課に配置して,技能の承継を図っており,このことからも控訴人らの技能,経験が必要とされる状況にあった。そこで,被控訴人は,控訴人らに対し,平成10年4月15日付けで出向期間の再々延長措置を講じたのである。

2  雇用調整型出向としての有効性(予備的主張)

本件出向は,社外勤務協定に基づく通常の出向であるが,仮に雇用調整型出向(余力人員の雇用を確保するための出向)であったとしても,次の理由により有効というべきである。

すなわち,雇用調整型出向は,出向先での業務内容が労働者と出向元との間で締結された労働契約の範囲を超えず,従来どおりの取扱基準が用いられる場合には,使用者の出向命令権が肯定されるというべきである。そして,被控訴人は,労働組合も了解した昭和62年の中期総合計画による大量の余力人員を抱えていたが,本件業務委託に伴い,委託の対象とされた業務に従事していた社員も余力人員となった。そこで,被控訴人は,労働組合の了解の下に,控訴人らに対する本件出向を行ったのであるが,控訴人らの業務内容や勤務地は出向前と変わらず,賃金についても被控訴人による差額補填があり,その労働条件は出向前と何ら異なるところはない。

よって,本件出向命令は,雇用調整型出向としても有効である。

3  変更解約告知(予備的主張)

本件出向は,本件業務委託によって職場を失い,余力人員となった控訴人らに対する解雇を回避し,雇用を確保するために行われたものであり,控訴人らが出向に応じない場合には,控訴人らを解雇せざるを得なかったのであるから,いわゆる変更解約告知としての性格を有する。そして,本件業務委託に必要性,合理性があったことは明らかであるし,労働組合との協議等本件出向命令の発令手続にも欠けるところはない。

よって,本件出向命令は,変更解約告知としても有効であり(控訴人らは,異議を留めながらも出向先で稼働しているため,解雇を免れているにすぎない。),控訴人らは,本件出向命令に拘束されるというべきである。

第三証拠

証拠関係は,原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから,これを引用する。

第四当裁判所の判断

(本件各訴えの適法性について)

一  第2ないし第5次請求の訴えについて

控訴人らは,本件出向命令の無効確認を請求するが,このような過去の法律行為の無効確認訴訟が許されるのは,当該法律行為の無効を前提とする現在の法律関係を確定しても紛争の抜本的な解決が得られないなど,当該法律行為の無効確認を求めるについて特段の利益が存在する場合に限られるというべきである。

しかるに,控訴人らは,当審において,主位的請求として出向先である日鐵運輸での就労義務不存在確認請求を追加しており,これに基づき,本件出向命令が無効であることを前提とした控訴人らの地位(法律関係)について判断がされれば,控訴人らと被控訴人との間の本件出向命令を巡る紛争は,抜本的な解決が図られることになる。

したがって,第2ないし第5次請求の訴えについては,前記特段の利益があるとはいえないから,不適法として却下を免れない。

二  主位的請求の訴えについて

被控訴人は,控訴人らの右訴えは確認の利益を欠き不適法である旨を主張する。

しかしながら,控訴人らの右訴えは,確認請求訴訟の制度趣旨に最も適う現在の法律関係の確認を求めるものであり,その当否が決せられることによって,控訴人らの日鐵運輸に対する労務提供義務の存否が確定し,右義務の唯一の発生原因である本件出向命令を巡る紛争を解決することができるから,確認の利益に欠けるところはない。

よって,被控訴人の右主張は,採用することができない。

三  なお,控訴人らは,第3ないし第5次請求において,本件出向命令が平成4年4月15日以降,平成7年4月15日以降又は平成10年4月15日以降無効であることの確認を求めているが,これらの請求は,当該期間延長の業務命令が無効であることにより本件出向命令が失効したことを前提とするものと解されるから,右期間延長の当否は,主位的請求の判断の中で本件出向命令の無効事由として検討する。

(控訴人らの主位的請求について)

一  控訴人らの主位的請求における争点は,本件出向命令の有効性であるが,出向命令は使用者の人事権に本来的に包含されているものではなく,また,本件出向命令は,被控訴人の業務上の必要に基づいて発せられたものであり,控訴人らに不利益を与える可能性があることに鑑み,本件出向命令の有効性(出向命令の根拠,必要性及び合理性)についての主張立証責任は,被控訴人が負担すべきである。そして,出向期間の延長についても,同様の見地から,その必要性及び合理性について被控訴人が主張し立証する責任を負うべきである。

右を前提として,以下検討する。

二  認定事実

次に補正するほかは,原判決64頁4行目から同117頁末行までに記載のとおりであるから,これを引用する。

1 <証拠関係付加訂正略>

2 同65頁2行目の「10月」から4行目の「付け)」までを「7月16日改正,<証拠略>・昭和34年4月30日改正,<証拠略>・昭和35年10月26日改正)」と改め,5行目の「7月1日付け」を「4月1日施行」と改め,6行目の「存在する」を「存在し,控訴人らの入社当時の就業規則も同様であった」と改める。

3 同66頁7行目の「作業職社員」の次に「(後に技術職社員と称されるようになった。)」を加え,10行目の「不自然であり」を「不自然である。また」と改め,同67頁4行目の「被告」の次に「(旧八幡製鐵株式会社)」を加え,5行目の「八幡製鉄所の生産設備の集約」を「生産設備の近代化や鉄源部門の戸畑地区への集約」と改め,9行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を加える。

4 同68頁4行目の「当社」を「被控訴人における」と改め,同70頁6行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と改め,9行目の「出向」の次に「(転籍)」を加え,同71頁4行目の「整備事業」を「整備作業」と改め,7行目の「八幡計算」の次の「機」を削る。

5 同73頁4行目の「である」の次に「。また,被控訴人は,新規事業への参入を企図し,分社化や新会社の設立を推し進めたが,これに伴う出向者も多数に上った」を加え,6行目冒頭の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を加え,9行目の「被告」の次に「と労働組合との間」を加える。

6 同74頁3行目から4行目にかけての括弧内を「旧八幡製鐵株式会社の労働協約上設けられた「生産委員会」に相当するもので,所定の委員数には変動があった。なお,旧八幡製鐵株式会社と旧富士製鐵株式会社の合併後の昭和48年4月に統一労働協約が締結されたが,それまでは右各社の労働協約が更新されていた。」と改め,同75頁2行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と改め,9行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と改める。

7 同76頁6行目の「整備事業」を「整備作業」と改め,9行目の「のとは」の次の「,」を削り,同77頁3行目の「認められない」の次に「という」を加え,10行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と改め,同78頁3,4行目の「組合として可否を判断したうえ,」を削り,9行目の「円が」の前に「為替相場における」を加え,10行目の「1月」を「2月」と改め,末行の「同年2月」を「同月」と改める。

8 同79頁1行目の「日新製鋼」を「NKK-日本鋼管」と改め,7行目の「<証拠略>」から「<証拠略>」までを「<証拠略>」と改め,同80頁1行目の「,<証拠略>」を削り,2行目から5行目の「10月8日」までを「学者,鉄鋼業等の経営者,鉄鋼産業労働者及びマスコミの代表者などから構成された通商産業省の諮問機関『基礎素材産業懇談会』は,昭和62年3月から,大幅な円高等を背景とした経済情勢における鉄鋼業界の中長期的な展望について検討を重ね,同年6月」と改め,7行目の「転換」の次に「,大幅な円高の進展,鉄鋼需要産業の海外進出の活発化など」を加え,8行目の「及び」の次から「活発化」までを削る。

9 同81頁8行目の「<証拠略>」を削り,同83頁1行目の「平成2年度」の次に「末」を加え,7行目の「<証拠略>」及び同86頁2行目の「<証拠略>」を削り,同87頁1行目,9行目及び10行目の各「所定」の次の「内」を削る。

10 同88頁1行目の「適用し,」の次に「出向先の基準内賃金が被控訴人のそれを下回る場合には,」を加え,「当社」を「被控訴人による」と改め,2行目の「所定」の次の「内」を削り,末行の「報告・」を「報告して」と改め,同89頁3行目の「所定」の次の「内」を削り,90頁1行目の「おいて,」の次に「右方針のうち」を加え,3行目の「所定」の次の「内」を削る。

11 同91頁6行目の「出荷まで」の次に「の運搬」を加え,同92頁1行目の「輸送管理室」から4行目の「担当していた」までを「出荷室,流通管理室及び輸送室が分掌していたが,これらは逐次統合され,平成元年3月の時点では輸送管理室にすべての業務が統合された」と改め,同93頁6行目の「転換器」を「転轍器」と改め,同96頁4行目の「昭和59年度の」を削り,8行目冒頭の「これに対し」を「これと並行して」と改める。

12 同98頁1行目の「対し,」の次に「当時月270トンであった」を加え,同100頁10行目の「当時,」の次に「八幡製鉄所においては,」を加え,同101頁7行目の「運送」の次に「等」を加え,8行目の「八幡東区枝光本町8番1号」を「戸畑区飛幡町2番2号」と改め,「事務所」を「支社」と改め,9行目の「福岡に,出張所を光」を「福岡,光等に」と改め,10行目の「1564名」を「1600名余り」と改め,「である」の次に「(いずれも平成4年現在)」を加え,同102頁2行目の「である」を「であった」と改め,3行目の「関門港及び」を「関門港,主として」と改め,同103頁1行目の「輸送が,」の次に「被控訴人から」を加え,同104頁2行目の「オンライン」を削る。

13 同105頁8行目の「ついては,」の次に「経営審議会で協議されたほか,」を加え,9行目の「ともなう」を「伴う」と改め,「(」の次に「労働協約」を加える。

14 同106頁2行目の「所定」の次の「内」を削り,6行目の「られたが,」の次に「労働組合からは,」を加え,10行目の「作業環境」から「高い」までを「作業環境下での肉体的負荷が高い屋外」と改め,同108頁3行目の「素直」を「率直」と改め,6行目の「職場」の次に「の」を加える。

15 同109頁9行目の「以下」の次に「の者」を加え,同111頁1行目の「被告は,」の次に「右各作業に携わる社員のうち,」を加え,同114頁3行目の次に改行して,次のとおり加える。

「 そして,被控訴人は,八幡労組の了解の下に,控訴人らを含む4名の出向不同意者の代替要員として,前記高齢者の長期教育休業措置の関係で出向の対象から外された4名の社員を,同月1日から31日までの予定で,日鐵運輸に派遣した(<証拠略>)。」

16 同114頁4行目の「業務委託の実施間際になっても,」を「その後も」と改め,5行目の「業務委託後の」を「右代替要員の派遣期間満了後の」と改め,6行目の「23日」を「22日」と改め,同115頁1行目の「下旬」を「中旬」と改め,同116頁10行目の「日鐵運輸」の次に「株式会社」を加える。

17 同117頁7行目の「なお,」の次に「被控訴人においては,平成3年度から平成5年度までを対象に『新中期総合経営計画』を策定し,平成6年度から平成8年度までを対象に『第3次中期経営計画』を策定し,平成9年度から平成11年度までを対象に『中期経営方針』を策定し,労働組合の了承を得た上で,これらの計画を実施して経営の改善を図ってきた。しかし,実質国民総生産の低下,粗鋼生産量の減少,販売価格の低下,いわゆるバブル経済の崩壊等経済環境の悪化から業績が低迷し,被控訴人は,平成4年10月から平成9年6月まで再度特定不況業種の指定を受け,雇用調整助成金を受給したほか,社員の臨時休業,出向措置の推進,早期退職及び転職に対する援助措置等による大幅な人員削減を余儀なくされた。殊に,八幡製鉄所は,恒常的に多数の余力人員を抱えつつ,更なる労働生産性の向上を図らなければならなかった。そこで,被控訴人は,業務委託を継続したまま雇用を確保するため,控訴人らの出向期間を延長することとした。このような経緯で,」を加え,9行目の「4条」の次に「1項」を加え,10行目の「さらに」から末行までを「同様に平成7年4月15日及び平成10年4月15日にも,それぞれ3年間延長された。被控訴人は,控訴人ら以外の業務委託に伴う出向者の多数についても,同じく出向期間の延長措置を講じており,中には,数回にわたる延長の結果,出向期間が相当長期間に及んでいる出向者もいる。被控訴人は,これらの出向期間の延長を行うに当たって,労働組合の意見を求めているが,労働組合は,控訴人らに対する出向期間の延長については,控訴人らが被控訴人への復帰を希望していることを確認した上で,出向に至る経緯,これまでの技能,経験等を生かして引続き当該業務に従事する実情を踏まえ,特段の状況変化がないことを理由に,関与しないとの意向を表明した(<証拠略>弁論の全趣旨)。」と改める。

三  本件出向命令の根拠

1(一) 本件出向は,控訴人らが被控訴人の従業員としての地位を維持しながら,出向先の日鐵運輸の事業場において日鐵運輸の指揮監督の下に日鐵運輸に対して労務を提供する在籍出向である。労働者が雇用先との労働契約関係を解消し,他の企業と新たに労働契約を締結して,その企業の業務に従事する転籍出向とは異なる(以下,特に断らない限り,在籍出向のことを「出向」という。)。

(二) この点について,控訴人らは,控訴人らが被控訴人に復帰する可能性がないことを理由に,本件出向は実質的には転籍にほかならない旨を主張する。

確かに,本件出向は,控訴人らが従事していた八幡製鉄所における構内輸送業務を被控訴人が日鐵運輸に委託したことに伴うものであり,付帯的業務である右業務を被控訴人が再び直営に戻す可能性を窺わせる証拠は全くない。また,控訴人らは,出向の前後を通じて長年構内輸送業務に従事してきた熟練の技術職社員であるが,八幡製鉄所には従来の職場はなく,平成14年には両人とも定年年齢(満60歳)に達することを考えると,3回にわたる出向措置の延長が示すように,控訴人らが被控訴人の他の職場に復帰する可能性は,出向当初から大きくはなかったといえる。

しかし,控訴人らは,本件出向後も被控訴人との間の労働契約関係を維持し,日鐵運輸の固有の従業員に比べて,被控訴人の社内勤務者と大差のない,恵まれた処遇を受けることが保障されており,被控訴人によって解雇されない限り,日鐵運輸から退職を強いられることもない安定した立場にあることは,明白な事実である。後記のとおり長期間の出向者が復帰した例もあり,個別的具体的事情から被控訴人に復帰する可能性が少ないからといって,本件出向が在籍出向としての本来の性質を失うものではない。

したがって,控訴人らの右主張は採用することはできない(なお,控訴人らの右主張については,後に本件出向命令の合理性の有無との関係で更に検討を加える。)。

2(一) ところで,出向命令権は,使用者に帰属する当然かつ固有の権限ではなく,出向者は,在籍出向であっても,実際上労働条件その他の待遇に関する基準において不利益を受けるおそれがあるから,使用者が労働者に出向を命ずるに当たっては,当該労働者の同意その他出向命令を法律上正当とする明確な根拠を要するというべきである。

この点について,控訴人らは,出向が出向元,出向先及び出向者の三面的法律関係であること及び出向が指揮命令権に関する使用者の義務の移転を伴い,免責的債務引受の要素を含むものであることを理由に,出向者による個別の同意が不可欠である旨を主張するが,出向命令については,出向者の同意がなくても,これに代わる明確な根拠があれば,その内容が合理的である限り,労働者は,出向命令に従う義務を負うと解すべきであるから,控訴人らの右主張は採用することができない。

(二) そこで,右根拠について検討するに,控訴人らは,労働組合の組合員であるところ,入社した当時の就業規則には,業務上の必要により社員に社外勤務をさせることがある旨の規定があった。そして,昭和48年4月に被控訴人と労働組合との間で締結された労働協約にも同旨の規定が設けられた。また,これとは別に,昭和44年9月に旧八幡製鐵株式会社との間に社外勤務協定が締結されていたが,その後,技術職社員を含む業務委託出向の事例が増加し,出向期間も長期化し,将来この傾向が更に増大することが見込まれる状況を背景として,当時厳しい経済環境に対する対応に迫られていた被控訴人は,その一環として,労働組合に対し,従来行ってきた出向者に対する賃金の補填等についての見直しを提言し,これを巡る労使間の交渉の結果,昭和63年3月2日に社外勤務協定が改定された(同年4月1日施行)が,同協定には,社外勤務(出向及び派遣)の定義,出向期間,出向中の社員の地位,昇格・昇級等の査定その他処遇等に関して詳細な規定が設けられている。

以上の事実によると,右社外勤務協定の改定に当たり,被控訴人はもとより労働組合も,被控訴人が,労働協約の規定に基づき,技術職社員を含む社員に対して出向を命じ得るとの認識を持っていたことは明らかである。したがって,控訴人らは,八幡労組の組合員として,労働組合法16条の規定により,労働協約(社外勤務協定を含む。)の拘束を受け,個別的な同意の有無にかかわらず,労働協約を根拠とする本件出向命令が被控訴人の業務上の必要に基づく合理的なものである限り,これに従う義務があるものというべきである。

(三)(1) これに対し,控訴人らは,出向は労働関係の基本構造を根本的に変更し,その対象者とされた組合員とそうでない組合員との利害を労働協約で調整することは不可能であって,出向に関する事項は協約自治の限界を超えており,したがって,右事項に関する労働協約の定めは,出向命令の根拠たり得ない旨を主張する。

しかしながら,労働組合が,労働者の雇用を確保するために出向を容認するについて,等しく出向の対象となる可能性があるすべての労働者の意思に基づき,使用者と労働協約を締結することによって,出向による労働者の不利益を回避するための枠組みを定め,かつ,既定の枠組みの中で行われる個々の出向について,出向の必要性及び合理性の判断を通じて,対象者が受ける不利益に対して個別的具体的に対応することは,共に出向に係る労働者の利益を擁護するために必要にして有効な手段である。

したがって,出向に関する労働協約について,その本来の効力を否定すべき理由はなく,出向に関する事項は,協約自治の範囲内にあるというべきであって,これに反する控訴人らの右主張は,採用することができない。

(2) また,控訴人らは,労働協約の規定が抽象的で合理性を欠くことを理由に,出向命令の根拠になり得ない旨を主張するが,労働協約と一体を成す社外勤務協定の規定が控訴人らがいうような抽象的で合理性を欠く事実はない。

したがって,控訴人らの右主張は採用することができない。

(3) さらに,控訴人らは,本件出向が被控訴人への復帰が予定されていない実質上の転籍出向であるとして,労働協約をもって控訴人らの同意に代えることは許されない旨を主張するが,本件出向が在籍出向であることは,前記判示のとおりであり,したがって,控訴人らの右主張は,その前提を欠き,失当である。

(4) また,控訴人らは,被控訴人における出向命令の発令について,対象者の具体的同意を得るという運用が定着していたことを理由に,本件出向命令が無効である旨を主張する(控訴人らの右主張は,被控訴人の就業規則の解釈,運用に関するものであるが,労働協約についても同趣旨の主張を含むものと解される。)。

しかしながら,原審証人Tの証言によれば,本件出向以前に対象者が同意しなかったために予定された出向命令が発せられなかった2件の事例のうち,1件については,後に対象者が同意して出向命令が発せられ,他の1件は,対象者が出向の原因となった業務委託に批判的であり,被控訴人及び出向先から適格を欠くと判断されたことなどから,結局発令に至らなかったことが認められる。加えて,労働組合が出向対象者の個別的な同意を必須の要件とは考えていなかったことからすると,控訴人ら主張のような運用が定着していたとすることはできない。

したがって,控訴人らの右主張は採用することができない。

3 なお,控訴人らは,原判決が慣行を出向命令の根拠と判断したことを強く非難する。

確かに,前記判示のとおり,被控訴人においては,本件出向命令当時,対象者の同意なしに出向命令が発せられた事例はあるにはあったが,そのような取扱いが長期間にわたって行われてきたわけではなく,また,その数も多くはなかったのであるから,原判決のいうような慣行が成立したといえるかどうかについては疑問の余地がある。

しかし,前記判示のとおり,本件出向命令は,労働協約によって根拠付けられるというべきであるから,控訴人らの右主張の当否については,これ以上言及しないこととする。

4 以上判示のとおり,被控訴人は,労働組合との労働協約の規定に基づき,組合員たる従業員に対して出向命令を発することができるから,本件出向命令には根拠があり,控訴人らは,個別の同意を欠くことを理由に,これを拒むことはできない。

四  本件出向命令の必要性

当裁判所の判断は,次に補正するほかは,原判決130頁2行目から同133頁7行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

1 原判決130頁8行目の「出し,」から9行目の「大手各社が」までを「行った。また,被控訴人以外の高炉大手各社も,昭和61年終わりから昭和62年初めにかけて」と改め,同131頁4行目の「委託される」を「委託させる」と改め,同132頁7行目末尾の「である。」の次に「なお,控訴人らは,中期総合計画による合理化を余儀なくされたのは,過剰生産等被控訴人の経営判断の誤りによるものであるとして,合理化案の不当性を強調するが,経営判断は,将来における不確定な要素を考慮して行われるものであり,そのような観点から中期総合計画の策定やその内容の合理性を否定すべき事実を認めるに足りる証拠はない。」を加え,同132頁9行目の「これが」から「あるし」までを「ある業務を直営で行うか他に委託するかは,経営者の裁量的判断に委ねられるべき事柄であり,八幡製鉄所構内の鉄道輸送業務を日鐵運輸に委託した被控訴人の判断に合理性があったことは前記のとおりである。なお」と改め,同133頁1行目の「そのこと」から2行目の「べきである」までを「両者を同一に論じることはできない」と改める。

2 同133頁3行目から7行目までを次のとおり改める。

「2 なお,控訴人らは,本件出向は被控訴人への復帰が予定されておらず,その見込みもないことを考えると,転籍的ないしは雇用調整型出向というべきものであって,本来正当化し得ないものであり,仮に,そうでないとしても,その際要求される合理性及び必要性は,極めて高度なものでなければならない旨を主張するが,本件出向がその必要性を備えた在籍出向であることは,前記判示のとおりである。もとより,いかなる類型の出向であっても労働者に過大の不利益を課することは許されず,そのような場合には,出向命令は合理性を欠くものとして無効になると解すべきであるが,右不利益の有無,程度については,業務内容や勤務場所等の労働条件,家庭生活への影響等を総合して判断すべきであり,出向期間の長短もその一要素として考慮されるが,この点については後述する。」

五  本件出向命令の合理性について

当裁判所の判断は,次に補正するほかは,原判決133頁9行目から同143頁10行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

1 原判決134頁1行目の「2度」を「3度」と改め,2行目の「ではなく,」の次に「右各出向期間の延長は,当時の経営環境からやむを得なかったというべきである上,」を加え,6行目の「証拠はない」の次に「(かえって,<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば,業務委託に伴い長期間出向していた社員が出向先の人員整理等により,被控訴人に復帰した例が見受けられる。また,社外勤務協定中に,出向者が被控訴人の定年年齢に達したときは,被控訴人を退社する旨の規定が設けられていることに照らせば,労働協約自体出向中に出向者が定年を迎える事態を予定しているものといえる。)」を加える。

2 同135頁8行目の「出向前に」の次に「比べて」を加え,同136頁5行目の「そうすると,」を削り,7行目の「いるから」を「おり」と改め,9行目の「本件出向」から末行の「できない」までを「被控訴人が平成元年4月以降数次にわたって労働時間の短縮(時短)を実施し,休日が増加したことに起因するものであり(被控訴人と日鐵運輸の1日の所定労働時間は同じである。),本件出向によって控訴人らの労働条件が不利益に変更されたということはできない(なお,平成元年4月に実施された時短の結果,本件出向命令が発せられた同月15日の時点における被控訴人の年間所定労働時間は日鐵運輸のそれに比べて15時間短くなり,したがって,控訴人らは,本件出向によって労働時間が長い職場で勤務しなければならないことになったが,被控訴人が当初計画していた出向命令の発令は同年3月1日付けであり,その時点では被控訴人と日鐵運輸の年間所定労働時間は同じであったこと及び本件出向命令の発令が同年4月15日になったのは控訴人らの説得に時間を費やした結果であることに鑑みれば,右の事情をもって,本件出向によって控訴人らの労働条件が強化されたとみることはできない。)」と改める。

3 同137頁6行目の「そして,」の次に「被控訴人と出向先との」を加え,「ついては,」の次に「本件出向命令発令前の」を加え,7行目及び8行目の「所定」の次の「内」をいずれも削り,同138頁2行目の「原告」を「控訴人ら」と改め,4行目の「できない」の次に「(さらにいえば,仮に被控訴人の下で就業していたとしても,被控訴人が実施している臨時休業や配置転換の対象とされたり勤務態様が変更されたりすることも考えられるから,控訴人らが主張する収入が確保される保障はない。)」を加え,9行目の「これは」の次に「被控訴人で勤務していれば休日日数差分の時間外勤務があることを前提とした」を加える。

4 同139頁5行目の「行われて」を「採られて」と改め,同140頁5行目の「影響もない」の次に「(前記のとおり,本件出向は,控訴人らの従事していた業務が協力会社に委託されたことに伴うものであり,長期化が予想されるものではあったが,他面では,就業場所や業務内容の変更を伴わず,また,転所もないなど従前の状況がほぼ維持されている。仮に,控訴人らが出向を免れ,被控訴人での勤務を続けることができたとしても,従前稼働していた部署は廃止されたのであるから,少なくとも,職種の変更を伴う配置転換は避けられなかったはずである。そうすると,本件出向は,転所や職種,就業場所の変更を伴う配置転換に比して,控訴人らやその家族が被る負担はむしろ小さいともいうことができるのであって,このことは,本件出向の合理性の判断に当たって軽視することができない事情というべきである。)」を加える。

5 同142頁9行目の「であるとは認められない」を「でないとした被控訴人の経営判断が直ちに合理性を欠くことにはならない」と改める。

六  控訴人らの当審におけるその余の主張について

1(一) 控訴人らは,本件出向命令に期間の定めがないことを理由に合理性がない旨を主張する。また,仮に本件出向命令の期間が社外勤務協定に定められた3年間であったとしても,その後3回行われた出向期間の延長については,その都度必要性,合理性が要求され,さらに,右必要性,合理性の要件は,出向の期間が長期化するに応じて加重されるにもかかわらず,控訴人らに対して行われた3回の出向期間の延長は,この要件を満たしていないとして,本件出向命令が平成4年4月15日以降,平成7年4月15日以降,あるいは平成10年4月15日以降それぞれ無効に帰した旨を主張する。

(二) 前記認定のとおり,被控訴人は,本件出向命令発令後3年ごとにその期間を3年間延長しているのであり,このことからすれば,本件出向命令は,期間の定めのないものではなく,いずれも期間を3年間と定めて発せられ,社外勤務協定4条1項所定の「業務上の必要」に基づいて,出向期間が延長されたものと解すべきであり,右各期間延長は,業務上の必要があり,かつ,合理的な内容のものである限り,有効というべきである。

(三) ところで,右各出向期間延長は,被控訴人の「中期総合経営計画」,「第3次中期経営計画」,「中期経営方針」に基づく経営合理化計画の実施による要員削減措置と並行して行われたものであり,加えて,八幡製鉄所では,他の製鉄所に比べて多数の恒常的余力要員を抱えており,要員削減の必要性は一層顕著であった。そして,右各出向延長に関しては,労働組合も了解しており,控訴人らにしても,延長の前後を通じて同じ職場で,同じ条件で,同じ職務に従事するのであるから,特段の不利益を受ける理由も見当たらない。

以上の事情に照らせば,右出向期間の延長は,いずれも被控訴人の業務上の必要に基づくものであり,かつ,内容においても合理性を有するというべきである。

(四) なお,控訴人らは,出向期間が長期化するのに応じて期間延長における業務の必要性や合理性の要件が加重されるべきである旨を主張するが,そのように解すべき根拠はない。

(五) 右判示のとおり,控訴人らに対して行われた平成4年4月15日付け,平成7年4月15日付け及び平成10年4月15日付けの出向期間延長措置は,いずれも有効であり,したがって,本件出向命令が右期間の延長によって効力を失う理由もない。

2(一) 控訴人らは,労働組合が被控訴人と一体化し,真に労働者の意思を反映した活動を行っていないことを強調し,労働組合の対応を重視して本件出向命令の有効性を認めた原判決を非難する。

(二) しかしながら,本件に顕れた労使協議の経過等によれば,連合会及び八幡労組は,人員合理化等に関する被控訴人の提案について,その都度経営審議会や生産委員会で協議し,各職場の意見を求めた上で対処しており,殊更に組合員の意思又は利益に反する活動をしたことを窺わせる事情を見出すことはできない。

確かに,被控訴人においては,労働組合に不満を抱く組合員がいることが認められる(<証拠略>)が,組合内部において時により事によって組合員の意思が対立することは珍しいことではなく,労使交渉の過程において,相互に妥協したり譲歩したりすることは,交渉の常であり,その結果に対して不満を持つ組合員が出ることは避け難いことである。本件出向問題にしても,労働組合は,被控訴人の業績悪化の折から,組合員の雇用確保を最重要課題と受け止め,被控訴人による出向の推進を受け入れる一方において,出向者の不利益を回避するため,交代勤務態勢や出向手当の是正等を要求するなどしたが,控訴人ら一部の組合員の不満を解消するには至らなかったものであって,これらの事情を考えれば,労働組合に対して不満を抱く組合員がいることから直ちに,労働組合が組合員の意思を無視したとか組合員の利益に反する活動をしたと断ずることはできない。

(三) また,控訴人らは,労働組合が被控訴人と一体化している旨を主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

七  権利の濫用

1 控訴人らは,<1>本件出向には復帰の可能性がないこと,<2>業務上の必要性がないこと,<3>出向回避策が採られなかったこと,<4>選定基準及び人選が不合理であったこと及び<5>配置転換の有無や懲戒権の主体など出向に関する労働協約の規定が不合理であるにもかかわらず,控訴人らの不安を解消するための説明が不十分であったことを理由に,本件出向命令が権利の濫用に当たり無効である旨を主張する。

2 しかしながら,前記判示のとおり,本件出向命令の有効性を基礎付ける事実については,被控訴人が主張,立証責任を負担するというべきところ,右<1>ないし<4>は,本件出向命令の有効性に関する被控訴人の主張を否定する趣旨の主張にすぎず,その当否については,先に判断したとおりである。

また,右<5>についても,出向に関する労働協約の規定が不合理であるとはいえない上,控訴人らの不安を解消するための説明が不十分であったことを認めるに足りる証拠もない。

3 ちなみに,前記判示の事情によれば,被控訴人が控訴人らに対し3回にわたって行った出向期間の延長措置についても,権利の濫用に当たらないことは明らかである。

4 右の次第であるから,控訴人らの権利濫用の主張は失当といわなければならない。

八  労働者派遣法との関係

当裁判所の判断は,次のとおり補正するほかは,原判決146頁2行目から同147頁9行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

1 原判決147頁1行目の「もっとも」から3行目の「すぎず」までを「また」と改め,6行目の「であり,」から7行目の「であり」までを「である。よって,本件出向は」と改め,8行目の「目的とした」から9行目までを「行為には当たらない。」と改める。

2 同147頁9行目の次に改行して,次のとおり加える。

「 さらに,控訴人らは,労働者派遣法32条2項が,派遣先との間に労働契約関係が生じない派遣の場合でさえ,一般労働者として雇い入れた者を派遣の対象とするには,当該労働者の同意を要件としていることとの対比から,労働契約関係の一部が移転する出向の場合には,当然に対象者の同意を要する旨を主張する。

しかし,右労働者派遣法の規定は,労働者の派遣が労働者供給事業の性質を有し,強制労働や中間搾取等の問題を惹き起こす可能性があることに着目し,労働者の自由意思を確保するために設けられた規定であり,営利目的はもとより事業として行われたものでもない本件出向をこれと同列に論ずることはできない。

よって,本件出向を労働者派遣法32条2項の脱法行為とすることはできないし,同項をもって本件出向に控訴人らの同意を要する根拠とすることもできない。」

九  まとめ

本件出向命令は,被控訴人と労働組合との間で交わされた労働協約(社外勤務協定を含む。)を根拠とし,かつ,被控訴人の業務上の必要に基づいて行われたものであって,その内容も合理的であり,その後の出向期間延長措置も,必要性及び合理性の要件に欠けるところはない。そして,本件出向命令は,被控訴人の権利の濫用と評することはできず,また,労働者派遣法の脱法行為とみることもできないから,本件出向命令は,有効に存続しているというべきである。

そうすると,控訴人らは,本件出向命令に従うべき労働契約上の債務を負い,日鐵運輸に対して労務を提供する義務を免れない。

第五結語

以上の次第で,当審で追加された主位的請求は理由がないからいずれも棄却し,控訴人らの第2次請求の訴えは不適法であるから,この請求を棄却した原判決を取り消して,右各訴えをいずれも却下し,当審で追加された第3ないし第5次請求の各訴えは不適法であるから,いずれも却下することとして,主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成10年11月10日)

(裁判長裁判官 小長光馨一 裁判官 小山邦和 裁判官 長久保尚善)

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